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コラム

癌細胞の老化

近年、老化に関連する研究が進み、細胞レベルでの老化現象が詳しく解明されつつある。中でも細胞分裂と老化をつなげた研究は注目されており、私たちの寿命や健康に関わる大きな進展がこの研究分野で期待されている。

1961年、アメリカの生物学者レナード・ヘイフリックは、正常細胞の分裂回数には限界があることを報告した。その後、ヒトの正常細胞では約4060回の分裂を経ると増殖を停止することが明らかになった。この現象には、染色体の末端に存在する「テロメア」と呼ばれる構造が関与しており、細胞分裂のたびにテロメアが短縮することで、やがてDNAの複製ができなくなるとされている。

最近では、細胞の分裂回数が限界に達した細胞では、細胞周期を抑制するタンパク質の発現が上昇し、細胞分裂が停止することが分かってきた。この現象を「細胞老化」と呼ぶ。細胞老化は単なる細胞の分裂停止ではなく、異常な細胞の増殖を防ぐ重要な役割を担っており、例えば、DNA障害を受けた細胞が無秩序に増殖するのを抑制することで、がんの発生を防ぐと考えられている。

それでは、一度がん細胞になってしまうと細胞は老化しないのだろうか?通常、がん細胞は「テロメラーゼ」という酵素を活性化させることでテロメアの短縮を防ぎ、無限に分裂を繰り返す能力を持つとされる。そのため、通常の細胞のように老化することはないと考えられてきた。

しかし、私たちは抗がん剤によるDNA障害ががん細胞に与える影響を研究する中で、がん細胞であっても一部が老化細胞の特徴を示すことを発見した。例えば、細胞周期の停止を促すp21の発現上昇など、老化細胞と類似した性質を持つようになることが確認された。つまり、がん細胞であってもDNAに異常が生じた際には、細胞の増殖を停止させる機構が働く可能性があるのだ。

がん細胞における細胞老化については、通常の細胞老化と同じメカニズムで進行するのかなど、不明な点が多い。抗がん剤によって老化したがん細胞が再び分裂を開始する可能性があるのかも不明である。今後は、抗癌剤によって誘導された老化細胞の動態をさらに詳しく調べ、抗癌剤から生き残った老化細胞を除去することによって、より効果的にがん細胞を除去することが可能な新規がん治療法の確立を目指していきたい      (M. F.)