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コラム

留学生活(3)安全への配慮

 今から30年前、私は膵臓癌の研究のため、アメリカ・カリフォルニア州にあるカリフォルニア大学アーバイン校(University of California, Irvine)へ留学しました。アーバインはロサンゼルスとサンディエゴの中間に位置し、当時「全米で最も殺人事件の少ない町」とも言われていました。日本企業の進出も多く、街並みは整然としており、公園も散在し高級住宅街が広がる美しい町でした。

 アメリカでよく見かける凸凹の多い道路や、電柱から垂れ下がるように張り巡らされた電線はアーバインには見られず、電線はすべて地下に埋設されていました。市内には巡回パトカーが多く走り、大学専用のパトカーも頻繁に見かけました。

 とはいえ、現地に駐在する企業の方々や、先に留学していた先輩たちからは、「身の安全には十分注意するように」と繰り返し忠告されました。携帯電話もSNSもない時代、情報は限られていましたが、近隣の町でアジア系の若者が昼間に公園で球技をしていた際にトラブルに巻き込まれたとか、夜間に高速道路上で車が故障し、修理を待っていたところを襲撃されたなど、物騒な話も耳にしました。そうした不安を抱えながら、毎日を過ごしていました。

 夜間の外出は控えるようにと言われていたため、日が暮れる前には帰宅できるよう、研究スケジュールも調整していました。実際には、午後7時から8時頃までは明るかったため、大きな支障はありませんでした。

 そんな中で、ただ一度、研究に関することで身の危険を感じた経験があります。ある日、普段とは異なる実験を行なった後に帰宅し、夜10時頃になって使用した機器の電源を切り忘れたことに気づきました。その機器は使用後すぐに電源を切る決まりのもので、壊してしまっては大変だと気になり、意を決して車で研究室に戻りました。無事に電源を切り、研究所を出た瞬間、自動施錠のドアが背後で重く閉まる音が響きました。そのとき、暗闇の中から大学生とは思えないラフな格好の若者5人ほどが現れました。建物に鍵を差し込む余裕もなく立ちすくんでいたところ、最後尾の若者と目が合い、一層の恐怖を感じましたが、彼らは急ぎ足で暗闇へと消えていき、無事にその場を離れることができました。

 大学の駐車場には、一定の間隔で非常ブザー付きの柱が設置されており、夜遅くに帰宅する場合には車を蛍光灯の下に駐車し、乗車前には遠くから車の下に人影が映っていないかを確認するようにと教えられていました。また、信号で車を止める際にも、ハンドルを切って逃げられるよう、車間距離を空けて停車するよう指導されました。特に治安の悪い地域や深夜の交差点では、赤信号であっても停車せず通過しないと危険だとも言われました。

 こうした経験を通じて、日本の治安の良さは、当時も今も世界に誇れるものだと実感しています。留学中は、国内にいるときとは違い、常にどこかで緊張感を抱いていたように思います。留学とは、研究を学ぶだけでなく、その国の文化や生活を実際に体験し、自らの国や自分自身を見つめ直す貴重な機会であると、今でも感じています。 T.I.